2019年5月14日
第6回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」 決定
第6回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」決定!
~授賞式・シンポジウムを5月24日(金)に開催~
一般財団法人山本美香記念財団は、5月5日に第6回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」の選考会を行ないました。その結果、本年度は該当作品なしとなり、代わって奨励賞の顕彰を決定。授賞式、および本年度と歴代受賞者によるシンポジウム、「ジャーナリズムと民主主義」を、2019年5月24日(金)18時より日本記者クラブにて開催いたします。
第6回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞・奨励賞」を下記の受賞者に贈呈することに決定しました。
映画監督の大川史織氏による、マーシャル諸島における戦争と日本のつながりを捉えたドキュメンタリー映画「タリナイ」、および書籍「マーシャル、父の戦場 ある日本兵の日記をめぐる歴史実践」が受賞。
本年度受賞者および対象作品 | 第6回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」 「山本美香記念国際ジャーナリスト賞・奨励賞」
2007年日本統治や被ばくの歴史のあるマーシャル諸島で聞いた日本語の歌に心奪われ、2011年慶應義塾大学法学部政治学科卒業後マーシャル諸島に移住。日系企業で働きながら、マーシャルで暮らす人びとのオーラル・ヒストリーを映像で記録。マーシャル諸島で戦死(餓死)した父を持つ息子の慰霊の旅に同行したドキュメンタリー映画『タリナイ』(2018)で初監督。現在は国立公文書館アジア歴史資料センター調査員(非常勤職員)。『マーシャル、父の戦場―ある日本兵の日記をめぐる歴史実践』(みずき書林)編者。 選考委員:川上泰徳(ジャーナリスト、元朝日新聞中東アフリカ総局長)、最相葉月(ノンフィクション・ライター)、関野吉晴(探検家)、野中章弘(アジアプレス・インターナショナル代表)、吉田敏浩(ジャーナリスト) ドキュメンタリー映画「タリナイ」、および書籍「マーシャル、父の戦場 ある日本兵の日記をめぐる歴史実践」 選考委員講評: 「タリナイ」は、太平洋戦争下のマーシャル諸島で餓死した日本兵が残した日記を手掛かりに、70代の息子が行う慰霊の旅を追ったドキュメンタリーである。日記からは、残した家族に思いを募らせつつ、敗戦と飢餓に追い詰められる日本兵の悲劇が浮かび上がる。 作品からは旧日本軍によって要塞化された島々での、日本兵による加害が垣間見え、戦争の記憶に根ざした島の人々の語る言葉が印象深い。しかし、マーシャル諸島を支配し戦争をもたらした日本が、そこで何をしたのか、より具体的に歴史を掘り下げ、事実に肉薄するという点では物足りなさを感じ、今後に期待したい。 映画単体ではジャーナリズムとは呼べないが、息子へのインタビューや日記の翻刻、戦争と核の専門家による論考などを収録した書籍とトータルでみれば、我々の「タリナイ」歴史認識を補完し、忘却を脱するための共通基盤を提供した意義ある仕事であり、奨励賞を授与することとなった。 |
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シンポジウム | 「ジャーナリズムと民主主義」 日時:5月24日(金) 18時から行なう授賞式の終了後~21時場所:日本記者クラブ 入場料:1,000円(予約不要、先着順、定員100名) シンポジウム・パネリスト: 大川史織 (第6回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞・奨励賞」受賞者) 桜木武史 (ジャーナリスト 第3回山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞) 林典子 (フォトジャーナリスト 第4回山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞) 安田純平 (ジャーナリスト 第4回山本美香記念国際ジャーナリスト賞・特別賞受賞) 笠井千晶 (映像ディレクター/ジャーナリスト 第5回山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞) 佐藤和孝 (ジャーナリスト 山本美香記念財団代表/ジャパンプレス代表) 司会:野中章弘(アジアプレス・インターナショナル代表/早稲田大学教授) |
<講評> 川上泰徳
大川史織氏の映画『タリナイ』は、太平洋戦争下のマーシャル諸島で餓死した日本兵が残した日記を手掛かりに、70代となった息子が行う慰霊の旅を追ったドキュメンタリーである。日記からは、残した家族に思いを募らせつつ、敗戦と飢餓に追い詰められる日本兵の悲劇が浮かび上がる。映画は日本兵の息子と、現地の人々の関わりを通して、旧日本軍による現地の人々への加害が垣間見え、日本軍がいた場所は、今も人々に恐怖を与える地として認識されていることが分かる。映画はマーシャルの美しい自然を背景に印象深い作品に仕上がっている。しかし、マーシャル諸島を舞台としているだけに解読された日記の背景にある日本軍の悲劇と加害という歴史の事実に肉薄するに至っていないことは、ジャーナリズムの視点から物足りなさを感じた。
映画と合わせて大川氏が編者として研究者、外交官、映画監督、マーシャル語通訳など多様な筆者を集めた著作『マーシャル、父の戦場―ある日本兵の日記をめぐる歴史実践』が提出された。日記の解読を中心にしながら、マーシャル諸島での日本軍や日本との関係を多角的に捉えようとする意欲的な労作である。著作を映画と合わせて奨励賞とすることに賛成した。日本兵が残した日記からも見えてきた南太平洋地域での日本の戦争という重大テーマについて、大川氏が今後、事実を掘り起こす仕事につながることを期待したい。
渋谷敦志氏の『まなざしが出会う場所へ 越境する写真家として生きる』は、アフリカやアジアの紛争で追われる難民たちを撮る写真家が、写真家になる過程を振り返った自己遍歴の書であり、読み物としては興味深いと思った。悲劇や苦難の渦中にいる人々に対して、自らの無力を意識しながらカメラを向けることの意味を自問する姿は貴重とは思うが、写真家が自らに注ぐ意識が強く出ているのに比べて、写真家が向き合う難民たちが直面する現実への踏み込みには物足りなさを感じた。
<講評> 最相葉月
むずかしい選考となった。最終候補は三作品である。渋谷敦志さんの『まなざしが出会う場所へ 越境する写真家として生きる』は、世界各地を取材した26年間の旅と思索をつづった自伝的作品。鈴木雄介さんの『The Costs of War』は他のフォトジャーナリズム賞を受賞した際に編まれた写真集で、前半の作品は2016年にも山本賞の最終候補となった。大川史織さんは映画『タリナイ』と、編著『マーシャル、父の戦場 ある日本兵の日記をめぐる歴史実践』のセット応募だった。いずれも時間をかけて丁寧に仕上げた作品であるが、国際報道を顕彰する本賞の過去の受賞作のレベルには届かず、残念ながら受賞作なしとなった。以下に理由を述べる。
渋谷さんは国際支援団体に同行して紛争地に入り、答えの見えない問いを繰り返し、やがて単独取材も行う。その道のりには共感を覚えるものの対象との関係性をそれ以上深めるわけではない。自分を形容する表現にも少々難があった。コンパッションとは、対象との圧倒的な壁を前に自らを突き放して初めて近づけるものではないか。せっかく丘に立つ「ルル」のような優れた写真があるのだから、自省より、写真をもっと見たかった。
鈴木さんはニューヨークを拠点にとても重要な仕事をされているが、前半の力のあるシリアの写真が過去にも候補になっており、新たに加わった作品はそれに及ばなかった。
大川さんの「タリナイ」はマーシャル諸島で餓死した日本兵の息子の慰霊の旅に現地をよく知る日本の若者たちが同行し、島の人々と交流する姿を追ったドキュメンタリー。ひっくり返されたカメや飛行機の音におびえるお年寄り、日本軍が残した電線で作った「アミモノ」など、個々の映像が鮮烈な印象を与える。ナレーションも日記も必要最小限しか使われない引き算方式の詩的な映像であり、単体ではジャーナリズムとは呼べないが、息子へのインタビューや日記の翻刻、戦争と核の専門家による論考などを収録した書籍とトータルでみれば、我々の「タリナイ」歴史認識を補完し、アムネジア(忘却)を脱するための共通基盤を提供したという点で意義ある仕事であり、全会一致で奨励賞を授与することとなった。
<選評> 関野吉晴
「タリナイ」はタリナイだと思っていたが、映画を観てマーシャル語では戦争のことだと分かる。物語は見る者を引きこむ。太平洋戦争末期、マーシャル諸島では2万人の日本兵が餓死した。そのうちのひとり佐藤冨五郎は、死の直前まで小さな手帳に日記を綴り、家族宛の遺書を遺していた。日記は奇跡的に日本の家族の手元に戻る。
それから70年後、ドキュメンタリー映画を撮ることを夢見てマーシャルで3年を過ごした女性が、日本に帰国する。彼女は日記に出会い、強く惹かれていく。日記をたずさえた息子とカメラを抱えた彼女は、仲間たちとマーシャルに旅立つ。
彼女はわずか28歳、息子は74歳になっていた。
日記を手がかりに、マーシャル諸島に住んだことのある若者2人に案内役を頼み、父の最期の地を巡る。マーシャル諸島には旧日本軍の建物や大砲など、いまだ多くの戦跡が残っている。佐藤さんの旅を追いかけていくが、途中から戦跡や土地の人々に焦点が移っていく。どちらにしても「タリナイ」が意味するものをあぶり出そうとする。うるさいナレーションもなくドキュメンタリーというより、詩情豊かなアーティスチックな作品になっている。
この監督の編集した「マーシャル、父の戦場」はインタビュー、評論、遺稿、エッセイなど様々な形式で投稿されている。この秀逸な本と映画は対になっているが特に監督の編集者としての力量が秀でている。
「まなざしが出会う場所へ」は高校時代に一ノ瀬泰三に、学生時代にセバスチアン・サルガドの写真に衝撃を受け、様々な活動に参加しながらフリーランスの写真家として成長していく。カルフォルニア、釜ヶ崎を試行錯誤しながら写真を撮っていく。その後国境なき医師団に撮影スタッフとして同行することになる。作者の被写体との距離の取り方で悩んでいる姿は共感できる。いつまでも国境なき医師団の同行写真家として続けていくのかと思っていると、東南アジア、福島と新しいフィールドに単独で出かけていく。そこで困難と向き合う人々の中に入っていき、自分自身に何故不条理が起こるのかを自分自身に問いただす。ジャーナリズムというより自分史を読んでいる気持ちになった。写真家でいくつかの写真賞も受賞している。今回も写真で応募してもらえばよかった。
<選評> 野中章弘
山本美香賞はこの社会の中で苦しむ人びとの声なき声に耳を傾け、その不条理な現実を社会に伝えようとするジャーナリストたちを顕彰する目的で創設されている。その意味から、今回、大賞を選ぶことができなかったのは残念である。
大川史織さんの作品(ドキュメンタリー映画『タリナイ』と単行本『マーシャル、父の戦場』)は、あまり知られてこなかったマーシャル諸島における戦争の実相を、映像と活字で多角的に表現しており、歴史の闇に埋もれていく事実を掘り起こして、光を当てようとする大川さんの熱意と粘り強い仕事ぶりを高く評価したい。ただ、山本美香賞はジャーナリストを対象としたもので、大賞とするにはためらいがあり、今後に期待する意味から、奨励賞となった。これからマーシャル諸島以外の地域、テーマの作品にもぜひ取り組んでいただきたい。
応募者の中でこの賞にいちばん近い所にいると思ったのは、渋谷敦志さんである。フォト・ジャーナリストとして、アフリカ、アジアを回り、難民や紛争をテーマに取材を重ねてきた渋谷さんの写真や生き方に強い印象を受けた。ただ、応募作となった『まなざしが出会う場所へ』は、渋谷さんのこれまでの取材を記録した「旅のノート」であり、この書籍を持って賞の対象とするには若干の抵抗がある。やはり渋谷さんの仕事の集大成は、きちんと写真で見せてほしかったと思う。
鈴木雄介さんはシリア難民など、戦争や紛争で傷つく人びとの現実を鋭く写真で切り取っている。現場へ踏み込む行動力や熱意、それを写真で表現する力量など、豊かな将来性を感じさせる報道写真家だと思う。ただ、今回の作品は名取洋之助賞でまとめられたものであり、もう一度、再構成したものを見せていただきかった。また、テーマの統一性という点でも、少し違和感が残った。
<選評> 吉田敏浩
『タリナイ』 大川史織
戦争中マーシャル諸島で補給を絶たれ、餓死した日本兵を父に持つ74歳の男性が、父の残した日記を手がかりに現地を訪れる。その慰霊の旅に、監督の大川さんらマーシャル在住歴のある日本人の若者が同行して、このドキュメンタリー映画が生まれた。
かつて太平洋のマーシャル諸島は日本に占領され、委任統治下(本質的には植民地下)に置かれた。アジア・太平洋戦争で島々は日本軍によって要塞化され、戦禍をこうむった。映画のなかで、ぽつり、ぽつりと語られる島の人びとの戦争の記憶に根ざした言葉の数々が印象深い。
映画のタイトルはマーシャル諸島の言葉で戦争を意味するタリナイから来ている。その言葉の響きを反芻しながら画面を見つめていると、やはり考えさせられずにはいられない。戦後70年以上たっても、いまだ日本人には植民地支配と戦争の加害者としての視点に立つ歴史認識が、タリナイ、足りないと。そのタリナイ面をもちろん自分も抱えていると。そして、それはなぜなのかと。タイトルに二重の意味が宿るこの作品は、私をそのような問いの前に連れていってくれた。 ただ、マーシャル諸島を支配して戦争をもたらした日本が、そこで何をしたのか、より具体的に歴史を掘り下げてほしかった点などもいろいろとあり、奨励賞としての評価となった。
『まなざしが出会う場所へ』 渋谷敦志
著者はフォトジャーナリストとして、アフリカやアジアなどの各地で戦争、飢餓、貧困、災害などの現場で取材してきた。傷つき、苦しむ人びとにカメラを向けてきた。その過程で、被写体となった他者の痛み・苦悩と自分はどのように向き合うべきかという問いを抱いた。それは、普遍的な問いでもある。
答えはどこにもないのかもしれないが、いわば幻の高い峰に無酸素登山を挑むかのような自問自答の歩みと、その途上で出会った人びとを描いた記録からは、確かに伝わってくるものがあった。
しかし、書いてゆく上で、あえて自らを客観視する視点を設定し、より抑えた表現を工夫すべきではないかなど、課題もかなり見られ、受賞には至らない評価となった。次なる旅路の記録を読んでみたい。
『The Cost of War 』 鈴木雄介
シリア内戦の写真など、鮮烈なイメージで訴えかけてくる映像が記録されている。ただ、全体として断片的な印象がぬぐえない。戦争で利益を得るアメリカの軍需産業といった、戦争をつくりだす構造などもより視野に入れての、多角的な表現を期待したい。