一般財団法人 山本美香記念財団(Mika Yamamoto Memorial Foundation)

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2018年5月11日
第5回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」 決定

第5回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」決定!
~授賞式・シンポジウムを5月26日(土)に開催~

一般財団法人山本美香記念財団は、第5回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」を決定し、授賞式および受賞者と選考委員によるシンポジウムを2018年5月26日(土)13時より日本記者クラブにて開催いたしました。

2018年5月2日の選考委員会において、第5回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」を下記の受賞者に贈呈することに決定。

映像ディレクター/ジャーナリスト・笠井千晶氏による、東日本大震災の津波と原発事故による複合災害の現実を、福島県相馬市で暮らすある家族を通じて描いたドキュメンタリー映画、「Life生きてゆく」が受賞。

本年度受賞者および対象作品

第5回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」
笠井千晶氏(43)/映像ディレクター・ジャーナリスト
ドキュメンタリー映画「Life 生きてゆく」

正賞:記念楯
副賞:賞金50万円
選考委員:川上泰徳(ジャーナリスト、元朝日新聞中東アフリカ総局長)、最相葉月(ノンフィクション・ライター)、関野吉晴(探検家、武蔵野美術大学教授)、野中章弘(アジアプレス・インターナショナル代表)、吉田敏浩(ジャーナリスト)

笠井千晶氏「Life 生きてゆく」選考委員講評

福島県南相馬市、東日本大震災の津波で父母と幼い子ども二人を亡くした男性とその妻、そして震災後に生まれた娘。この家族を中心に、津波と原発事故の被害が覆いかぶさる被災地の現実を記録した彫りの深い作品であり、人間の生きる姿を追うというジャーナリズムの原点を感じることができる作品である。
ナレーションやBGMは一切ない。あるのは怒り、悲しみ、つぶやき、沈黙だけ。被災者の埋めがたい喪失感、失意と回生の念が交互する日常・歳月を描き、見る者に沈黙をうながす。取材・撮影をする側とされる側が手さぐりで言葉や視線や沈黙を交わしながら、しだいに心の通い合う関係性が生まれ、長い時間をかけ、共につむぎだしたともいえる作品。タイトルにあるように、「生きてゆく」ためのドキュメンタリー映画がまさに実を結んだといえる。

授賞式・シンポジウム

「震災、それでも生きてゆく ~ジャーナリズムは何ができるか~」

日時:5月26日(土) 14時~16時
   (授賞式は13時より、関係者および報道関係者のみ入場。
   シンポジウムの一般入場は授賞式終了後、13時30分より)
場所:日本記者クラブ
入場料:1,000円(予約不要、先着順、定員100名)

シンポジウム・パネリスト
笠井千晶(第5回山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞者)
川上泰徳(ジャーナリスト・元朝日新聞中東アフリカ総局長)
最相葉月(ノンフィクションライター)
佐藤和孝(ジャーナリスト/ジャパンプレス代表)
関野吉晴(探検家/武蔵野美術大学教授)
吉田敏浩(ジャーナリスト)
司会:野中章弘(アジアプレス・インターナショナル代表/早稲田大学教授)

<講評> 川上泰徳

 最終選考に残った作品はいずれも一つのテーマを何年も時間をかけて追ったジャーナリストの仕事である。その中で、笠井千晶氏のドキュメンタリー映画「Life 生きてゆく」を推した。東日本大震災の津波で幼い二人の子どもを失った夫婦を2012年から5年の記録である。2時間弱の映画だが、毎年来る3月11日の節目を越えて家族の生活と心境が変わっていくのを見ているうちにまるで自分がその夫婦の日々に立ち会って、かれらの言葉を聞いているような臨場感がある。ドラマチックな物語や大きなイベントに寄せて描くのではない。いまなお行方不明の息子の遺体を探しながら、生活の再建に向かう夫婦の揺れ動く心情を、監督もまた手探りしながら撮り続けている。事件、事故、災害の現場に駆け付けるジャーナリストは常に部外者であり、当事者との間には越えがたい溝がある。しかし、取材者が当事者と先の見えない時間を共に手探りすることで終わりのない「震災後」を生きる人間の姿が見えてくる。すべてが目まぐるしく移り変わる時代にあって、人間の生きる姿を追うというジャーナリズムの原点を感じることができる作品である。

 写真家八尋伸氏が日本にあるミャンマーの少数民族カチン族コミュニティーを扱ったドキュメンタリー『リトルヤンゴン』は、ミャンマーの民族紛争を現地で追ってきた取材者ならではのテーマに対するこだわりを感じた。今回の企画ではカチン族の人々の日本での暮らしや家族の在り方などの奥行きまでは見えなかった。重要なテーマであり、今後さらに深めてほしいと思う。

 フォトジャーナリスト柴田大輔氏がコロンビアで政府と反政府ゲリラの間で結ばれた「和平合意」の背景を探った一連のルポルタージュは、現地に入り込んだ魅力的な仕事ではある。雑誌や新聞の短い記事では収まり切れない題材とテーマであり、まとまった作品としてみたいと思った。

 中村航氏が香港の民主化運動に身を投じた少女を追った映像ルポはテレビ番組という形をとっていて、どこまでが本人の作品なのかという疑問を感じた。「民主化の女神」と呼ばれる女性が実は日本のアニメが好きな普通の少女だというギャップは興味深い。中村氏自身の作品として完成されることを期待したい。

<講評> 最相葉月

 笠井千晶さんの「Life 生きてゆく」を見終えた時、本賞5年目にしてついに東日本大震災を描いた作品が授賞することを確信した。原発事故の陰に隠れていた、放射線汚染地域の津波犠牲者とその家族を描くドキュメンタリーである。舞台は福島県南相馬市の萱浜。4月中旬に自衛隊がやってくるまでは救助も捜索も埋葬も住民の手で行うしかなかった地域だ。笠井千晶さんは両親と2人の子どもを亡くした男性と出会う。始めは取材拒否。偶然の再会がきっかけとなり、何度も通ううちに次第に受け入られていく。ナレーションやBGMは一切ない。あるのは怒り、悲しみ、つぶやき、沈黙だけ。流されずに残った家の柱の傷や子ども部屋に残された文房具が、失われたものの大きさを物語る。夫婦に新しく誕生した娘の成長が、亡くなった子どもたちの生まれ変わりではなく、彼らの魂を受け継ぐ存在として描かれていることに深い感動を覚えた。山本美香さんもきっと本作を推したと思う。

 八尋伸さんの「リトルヤンゴン カチン族から見た母国と日本」はミャンマー内戦の影響で日本に逃れてきたカチン族の人々の取材を通して、日本の難民政策の閉鎖性や入管の意識の低さを描く。弁護士が語る、日英の難民受け入れの姿勢の違いが興味深かった。国際ジャーナリズムのテーマは私たちの目の前にあると気づかせてくれる良作だ。ただ彼らが難民となった歴史的背景や困難な現状をもっと知りたかった。

 コロンビア反政府ゲリラと政府の和平合意の陰で、戦地となった土地で生きる人々に何が起こっていたか。柴田大輔さんが10年間も通い続けていなければ、私は何も知らず、先住民族イコール抑圧された弱者、という一面的な捉え方しかできなかっただろう。ネットの進歩によってゲリラも変化している。銃を置いてこれからは言葉を武器に闘う、という元兵士の言葉が強く印象に残った。誠実な仕事をされているが、作品としては断片的で深掘りされていないのが残念だった。

 中村航さんの応募作はテレビ番組という制約がある中で、重要なテーマを扱っている。とくに香港の民主化運動を牽引するアグネス・チョウら若者たちの姿はとても鮮烈で魅力的だった。ただスカラリズムの中身を知るには母語で話してもらいたかった。彼女の生い立ちも知りたかった。

 今回は新聞、テレビ、フリーランスと多様な応募があった。本賞の性格上、個人の顔が見えることが望ましいと考えてグループの応募作には評価が辛くなった。なお、フリーランスの発表の場が限られる中、文章と写真と動画を同時に発表できるウェブ媒体や、資金調達のためのクラウンドファンディングの可能性が見えたことを明記しておきたい。

<選評> 関野吉晴

笠井千晶

 東日本大震災の被災者の方々に出会うと、多くの方に言われる。「また来てね、忘れないでね」その思いに応えるかのように、長い間通い続けて記録した作品が{Life 生きる}だ。

 南相馬市と言えば福島原発事故による避難地域でもあり、津波の被害も大きかった。そこで被災した上野敬幸さんは、津波で両親と2人の子供を失い、現在も捜索活動を続けている。笠井監督は上野さん一家の日常を丹念に追いかけている。新しい娘が生まれ、成長する様は時の流れを感じさせる。原発憎し一点張りだった上野さんも東電職員とかかわり、心境の変化も見せる。長期間の密着取材でなければ作れない労作、秀作だ。

柴田大輔

 あまり日本には届かない中南米の紛争。52年間続いた内戦が2016年に和平合意により、Farcとの内戦が終わった。柴田氏は2012年より戦地となったコロンビア辺境に通い、住民たちと寄り添い、当事者の複雑な心境を聞きだし、一筋縄ではいかない和平の難しさをつたえる。

 政府軍、反政府ゲリラ、民兵組織、麻薬組織などが複雑に入り組んだ紛争の中で、情報発信能力の重要性が大きくなる様を報じる。情報は人々を疑心暗鬼にする様が分かる。

中村航

 幼さの残る、オタク風な女の子が中国政府に立ち向かう姿に心揺さぶられた。英国から独立した時には二つの中国と言って、香港の民主主義と自由を約束をしたが、習近平体制のもと次々と弾圧、引き締めが強まる。挫折を味わいながらも、弾圧に立ち向かう少女を継続的に取材している。資料映像と自前の映像との判別がつかないという欠点はあるが、中国政府の横暴に抵抗を続けているうちに、中心メンバーに成長していくアグネスの姿に心打たれた。日本人の若者に観てもらいたい作品だ。

<選評> 野中章弘

民主主義もそれを支えるジャーナリズムも、この社会では「劣化」が進んでいる。それを食い止めるのは、ジャーナリスト一人ひとりの「意志」と「覚悟」だろう。

 今回の応募作にはそのようなジャーナリストの「志」を感じさせる作品も多く、例年にもまして、強い刺激を受けた。

 最終選考の対象となったフリーランスのジャーナリストの応募作は2点。いずれも、力のあるレポートである。
八尋伸さんは長年、東南アジアや中東で取材を重ね、今回は日本に暮らすカチン人についての報告で、ビルマ(ミャンマー)現地での従軍取材を踏まえた上で、彼らの置かれた状況をわかりやすく描いている。
柴田大輔さんのルポも、コロンビアの内戦終結のプロセスを追い、そこからこぼれ落ちる人たちの姿をきちんと記録している。

 ただ、2人とももう少しまとまった形で作品を見たかった。写真集などでまとめられていれば、いずれも高い評価を受けたにちがいない。

 テレビ東京ディレクターの中村航さんと朝日新聞国際報道部のモスル取材班。中村さんの個性ある取材はとても面白い。ただ、やはりテレビ番組用の取材ということで、全体的に表面的で踏む込みが足りない。引き続き期待したい。

 今回、もっとも強い感銘を受けたのは、笠井千晶さんのドキュメンタリー作品「Life~生きてゆく」である。東日本大震災で肉親を亡くしたある家族の5年間の記録である。被災した人たちの哀しみや癒しに向かう心の傷跡を何も言葉を加えず、時間の流れるままにカメラを寄り添わせている。笠井さんの持てるすべての力を出し切った作品だと思う。山本美香さんは、不条理な現実に苦しむ人たちへの共感を取材の原動力としており、その意味からも、笠井さんの作品はこの賞にふさわしい。

<選評> 吉田敏浩

『Life 生きてゆく』

 福島県南相馬市、東日本大震災の津波で父母と幼い子ども二人を亡くした男性とその妻、そして震災後に生まれた娘。この家族を中心に、津波と原発事故の被害が覆いかぶさる被災地の現実を身近な視点から記録した、彫りの深い作品である。

 被災者の埋めがたい喪失感、失意と回生の念が交互し、ないまぜになってめぐりゆく日常・歳月、生と死の記憶の重みを描き、見る者に沈思をうながす。ドキュメンタリー映画の取材・撮影をする側とされる側、その両者がはじめは手さぐりで言葉や視線や沈黙を交わしながら、しだいに心の通い合う関係性が生まれ、そして長い時間をかけ、共につむぎだしたともいえる肌ざわりのようなものを感じさせる。

 タイトルにあるように、取材・撮影をする側とされる側の希有な交感の積み重ねの場に、「生きてゆく」ためのドキュメンタリー映画がまさに実を結んだものといえる。

『巨大中国と戦う民主の女神』

 香港の自由と民主的な権利を求めて闘う若者たちの運動を、そのシンボル的存在である少女の果敢な言葉と行為を中心軸に描いた映像作品。独特な疾走感がある。「民主の女神」と見なされる少女のイメージも親和的かつ鮮烈に浮き彫りになっている。

 ただ、少女をはじめ闘う若者たちの家庭環境もふくめ、社会的背景が十分描かれていない点、インサートされるニュース資料映像と独自取材映像の境界がいまひとつわかりにくい点など、課題もかなりある。より掘り下げたドキュメンタリー映画に発展させてほしい。

『アジアに広がる「イスラム国」の脅威』

 フィリピン・ミンダナオ島マラウィ市での市街戦のリアルな映像、戦禍に苦しむイスラム教徒住民の声、現地で粘り強く活動するNGOの姿など、貴重な内容ではあるが、どうしてもテレビの情報解説番組の枠のなかの、解説の素材としての位置づけという限界があり、受賞には及ばない評価となった。

『リトルヤンゴン、カチン族から見た母国と日本』

 日本に渡ってきたビルマ(ミャンマー)の少数民族カチン人たちが、自らの言語や文化を守ろうと力を合わせる姿を映像で丹念に描いている。難民申請をしても、難民として認定されないカチン人女性の苦悩を伝え、日本政府の閉鎖的な姿勢の問題点も指摘し、考えさせられる内容である。ビルマ政府軍の攻撃で故郷を追われたカチン人難民の苦しみも、インサートされた写真から伝わってくる。

 一方で、カチン人の文化と歴史、ビルマの民族問題と内戦の歴史や背景、在日カチン人の様々な家族の現状など、表しきれていない側面も多い。できればさらに取材をしてドキュメンタリー映画にまで仕上げてほしい。

『戻らざる故郷』

 東日本大震災の被災地で定点観測のように撮影を重ねながら、「二重露光」という写真表現で、被災地の歴史・被災者の記憶の伝達と継承という問題意識を喚起するユニークな試みと評価できる。

 まだ作品としての完成度が低い面があるので、写真数を増やし、「二重露光」ではないものも加えるなど工夫もし、より詳しい聞き書きも合わせた写真集などに発展させてほしい。

『ある地域指導者の故郷を守る闘い』など

 南米コロンビアの辺境地帯に生きる先住民族の地域に、10年あまり通いながら取材を重ねた成果としての写真と文は、説得力がある。政府軍とコロンビア革命軍との内戦下、祖先から受け継いできた土地、生活と文化、地域社会の自治を守り抜こうとする人びとの苦闘と歩みの深さが、さまざまな人物像を通して伝わってくる。和平合意によって武器を置くゲリラ兵士たちの思いもきめ細かく描かれている。

 ただ、どれも雑誌や新聞の記事とグラビアなので、統一感に欠け、未完成の印象を持たざるをえない。先住民族の生活と文化、自治を守る粘り強い取り組みの詳細、コロンビア内戦の歴史の説明など、総合的に掘り下げて、ぜひ写真と文のルポルタージュとして1冊の本にまとめてほしい。

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