2017年5月23日
第4回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」受賞・林典子さん 受賞の言葉
山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞し、大変光栄に思います。
2014年8月、シリアとイラクで勢力を拡大していたダーシュが中東の少数民族ヤズディが暮らすイラク北西部のシンガル山周辺の村々を攻撃しました。以降、多くのヤズディが殺害され、若い女性たちは拉致された結果、強制的に戦闘員と結婚をさせられるなどの被害を受けました。当時、たまたまトルコに滞在していた私は、故郷を追われたヤズディがトルコに流れていることを現地の報道で知ることになりました。
私はこれまで約2年間、故郷を失ったヤズディ一家が避難生活を送るイラク国内の民家や避難先のドイツに滞在しながら取材を続けてきました。当初、ヤズディに限らず、中東地域をもっと幅広く取材する予定でいたのですが、取材でイラクを訪れるたびに、通訳としてお世話になっていたヤズディの家族が、それぞれ難民としてヨーロッパへ向かい旅立って行き、イラクで取材をした他のヤズディも気が付けばヨーローパへ渡って行きました。最初は私も含めて15人で雑魚寝をして過ごした通訳一家の民家の部屋には今は3人が残るのみです。2年ほど前に欧州へ押し寄せる難民の映像がテレビのニュース報道で何度も流されていたことがありましたが、ドイツに向かう直前まで「今日は英語のテストがあるから、この文章を暗記しなきゃいけない」と言って、庭を行ったり来たりしながら一生懸命英文を暗記していた、お世話になったヤズディ一家の高校生の息子も、速報性の強いニュース報道では「中東の内戦」や「欧州の難民問題」の当事者である 「難民」と一言で表現される大勢の中の一人でしかありません。そう実感した時に、何が起きたのかという出来事を説明したり、その全体像を検証するための取材ではなく、この小さな地域から世界に散って行く一つの民族の視点から、その一人一人の存在や個人の記憶にフォーカスし、証言と共に記録し遺したいというようになりました。
もちろんヤズディだけがこの地域で今も絶えず起きている紛争の被害者ではありません。彼らの隣人であったイスラム教徒のアラブ人やクルド人、この地域の少数派であるキリスト教徒も同じ苦しみを経験してきました。紛争地に生きる市民が撮影した惨劇の映像や写真が、ほぼリアルタイムで絶えず日本に暮らす私たちの携帯電話やパソコンの画面を通して表示されるようになった今、戦場の存在が独特な距離感を保ちながらも「日常化」し、そんな中で現場に向かうジャーナリストや撮影者が、どう目の前の問題に向き合って伝えていくのかが今後さらに問われていくと思います。 生前の山本美香さんに直接お会いする機会がなかったのは本当に残念です。山本さんがシリアで命を落とす直前に撮影した映像を見たことがありますが、そこには現場の緊張感を伝えつつ、そういう状況の中にありながらも続いていく、どこか柔らかい暖かさを感じさせる人間の日常の営みや、生の尊さが山本さんの視線を通して映し出されていました。
ヤズディの故郷であるイラクのシンガル山は今も緊張状態が続いています。ここで3年近く家族と避難生活を続けている、 元公務員のファハドさんが言った言葉が忘れられません。「メディアの力は武器よりも強いのです。どうか私たちのことを伝えてください」。長期間かけて写真家やフリーランスのジャーナリストが各地で記録してきたものが、日本国内でもっと多様な表現方法と共に広く伝えられていくことの意義が理解され、 そういった場が増えていくことを願っています。