山本美香 執筆記事
このところ、天体ショーが続き、空を眺めるのが楽しい。先日の金環日食も東京で次に見ることができるのは300年後と聞けば、夜型の私も「絶対見るぞ」と早起きだ。 5月21日の東京の朝は薄曇り。屋上で日食グラス片手に空を仰いでいると、お隣さんも窓から類を出している。少し離れたマンションのベランダにも家族の姿。「おはようございます。見えるといいですね」。日ごろはあまり見かけないご近所さんともごあいさつ。目の前の小さな公園は、驚くほどの人だかりで、多くの人が望遠鏡やカメラを構えて、その瞬間を持っていた。「見て、輪になった!」。集まった子供たちがはしやいでいる。薄い雲がかかったことで、金環がくっきりと見えた。大人も子供も空を見上げ、壮大な宇宙の神秘に浸った朝だった。
幼いころ、考古学者になりたい、世界一周、いつかは宇宙旅行をしてみたい、そんな憧れを抱いていた。10代前半に夢中になったのが、アメリカの天文学者カール・セーガン博士が監修した「コスモス・宇宙」の番組や科学ビジュアル本だ。テレビや写真で目にするアンドロメダ星雲やプレアデス星団(すばる)の美しい輝きは、私の心をはるかかなたの宇宙へといざなった。実際に外に出ると山梨の夜空にも北斗七星やオリオン座、天の川が豊富な流れを見せ、すばるの小さな光まで確認できた。
惑星直列が話題になったのは30年ぐらい前だろうか。正確には直列ではないのだが、天変地異が起きるのではと騒ぎになったので、覚えている人もいるだろう。1999年の人類滅亡説と同じで実際には何も起きないものなのだ。
私は何百年に一度という言葉に心を躍らせ、望遠鏡をのぞき、新聞や雑誌を読みあさった記憶がある。今のようにインターネットがなかったので、調べ物は一苦労だったが、それがまた楽しかったのだ。夜空に一直線に並んだ(ように見えた)惑星を写真に収めたくて父のカメラを借り、星の撮影方法を教わった。富士山の方角に三つの惑星が並んだお気に入りの写真。どこにしまいこんだのだろう。
海外取材では、山奥の材や砂漠地帯など電気のないほの暗い場所を訪れることが多い。ハードな取材を絶えた夜に、ふと見上げた星空の美しさは忘れられない。思い出深いのは、標高2500メートルのアフガニスタンのバーミヤンで眺めた星空だ。今は破壊されてしまった巨大石仏像の上空に満天の星が瞬いていた。石仏は千数百年以上も前からこの星空を眺めていたのだ。悠久の歴史をしみじみと感じた。
人里離れた渓谷で突然車が立ち往生したときには、星を眺めて時間をつぶした。暗闇の中では他にすることもてきることもなかったのだ。エンジンはいつかかるかわからない。「自分は日本からはるか遠く離れた戦乱の地にいる。払の居場所を知っているのは、ほんの一握りの人だけだ」。そう思うと不安だけれど自由になったような不思議な気持ちだった。 6月6日の「金星の太陽面通過」現象は、あいにくの空模様で見えなかったが、また別の機会もめぐってくるだろう。日食グラスは当分引き出しの中にしまっておこう。
2011年6月16日