2017年5月12日
第4回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」 決定
第4回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」決定!
~授賞式・シンポジウムを5月26日(金)に開催~
一般財団法人山本美香記念財団は、第四回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」を決定し、授賞式および受賞者と選考委員によるシンポジウムを2017年5月26日(金)18時より日本記者クラブにて開催いたします。
フォトジャーナリスト・林典子氏による、イラクのヤズディ教徒を追った写真集、「ヤズディの祈り」が受賞。また、シリアで2年近く拘束されているジャーナリスト・安田純平氏に、「山本美香記念国際ジャーナリスト賞・特別賞」。
2017年5月5日の選考委員会において、第4回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」を上記の受賞者に贈呈することに決定しました。
第4回の受賞者および対象作品 | 第4回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」 副賞:賞金50万円 選考委員:川上泰徳(ジャーナリスト、元朝日新聞中東アフリカ総局長)、最相葉月(ノンフィクション・ライター)、関野吉晴(探検家、武蔵野美術大学教授)、野中章弘(アジアプレス・インターナショナル代表)、吉田敏浩(ジャーナリスト) 選考委員講評: シリアとイラクにおける紛争の残酷さを体現する問題であるにも関わらず、あまり伝えてこられなかったヤズディの人々の肉声を、女性ならではの視点で丹念に拾った作品。ひとつの宗教の共同体に降り掛かった苦難、ある意味のディアスポラ。それに対するひとつの「年代記」と受け取れる。将来、その苦難がヤジディの歴史として語り継がれるとき、この本はひとつの「壁画」のように歴史を刻むという意味を持つだろう。現地に行き、その土地の空気や匂いを感じ、暮らしを感じ、それを伝え続けようとするその意欲と熱意は、山本美香の取材への思いにも通じるものがある。 |
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特別賞 | 「山本美香記念国際ジャーナリスト賞・特別賞」 選考委員:川上泰徳(ジャーナリスト、元朝日新聞中東アフリカ総局長)、最相葉月(ノンフィクション・ライター)、関野吉晴(探検家、武蔵野美術大学教授)、野中章弘(アジアプレス・インターナショナル代表)、吉田敏浩(ジャーナリスト) 授賞理由: 安田純平氏は2015年6月下旬、内戦取材のためにシリアに入った後、反体制派武装組織に拘束されていることが明らかになった。イラク戦争以来、一貫して紛争の現場に入り、情報を発信してきた安田氏の仕事と、シリア内戦の実情を報道するために現地入りし、この2年近く拘束されている労苦に報いるため「山本美香記念国際ジャーナリスト賞・特別賞」を贈呈することを決めました。安田氏をめぐっては、2015年5月に本人と見られる画像がインターネット上で公表されて以来、新たな動きはありません。一日も早く無事に解放され、日本に戻されることを願っております。 |
授賞式・シンポジウム | 日時:5月26日(金) 19時~21時 (授賞式は18時より、関係者および報道関係者のみ入場。 シンポジウムの一般入場は授賞式終了後、18時30分より) 場所:日本記者クラブ 入場料:1,000円(予約不要、先着順、定員100名) シンポジウム・パネリスト: 林典子(フォトジャーナリスト、第4回山本美香記念国際ジャーナリスト賞受賞者) 川上泰徳(ジャーナリスト・元朝日新聞中東アフリカ総局長) 最相葉月(ノンフィクションライター) 佐藤和孝(ジャーナリスト/ジャパンプレス代表) 関野吉晴(探検家/武蔵野美術大学教授) 吉田敏浩(ジャーナリスト) 司会:野中章弘(アジアプレス・インターナショナル代表/早稲田大学教授) |
最終候補作 |
坂口裕彦(毎日新聞記者) 「ルポ 難民追跡 バルカンルートを行く」岩波新書 |
<講評 時代を記録するジャーナリストの貴重な仕事> 川上泰徳
イラクで過激派組織「イスラム国」(IS)の侵略を受けた宗教少数派ヤズディの受難を印象的な写真と克明なインタビューで構成した林典子氏の『ヤズディの祈り』を推した。危険地を含む現地に繰り返し足を運び、人間の尊厳を踏みにじる暴力の実態を、特に女性たちの肉声を通して、個人の証言を掘り起こしたことは、時代を記録するジャーナリストの貴重な仕事として評価したい。
ヤズディの苦難に寄り添う姿勢に共感するが、その一方で、被害者の語りだけで表現されているために、加害者のISの描かれ方が「悪」として単純化されていないかと気になった。ISが属するスンニ派は、米国の対テロ戦争であるイラク戦争と、それによって噴き出した民族・宗派抗争の犠牲者でもある。スンニ派民衆がISを支持するのはヤズディを迫害するような過激な宗教イデオロギーを信じるためではなく、ISのもとで保護や安全を求める心情もある。暴力の連鎖の最底辺に位置するヤズディの視点からは、ヤズディに向けられた暴力だけでなく、人間を暴力と狂気に駆り立てる戦争の悲劇が見えていただろうと考える。
候補作に上がった坂口裕彦氏によるシリア難民を追った『ルポ 難民追跡』は、新聞の常駐特派員としての多忙な日々の中で、欧州に押し寄せる難民を、マスではなく顔のある人間として描こうとした試みは評価するが、対象に迫り切れていなかったのは残念だった。
<講評> 最相葉月
ヤズディを取材していた人がいたのか。林典子さんの『ヤズディの祈り』を手にした瞬間、まずこの困難な取材に取り組んだ勇気を称えたいと思った。過激派組織IS(ダーシュ)に襲われたヤズディの人たちがその後どうなったのか、世界中が案じていたことである。本書を通して、2014年8月の悲劇の一端を知ることができた。
林さんは、激しさよりも沈黙で彼らを襲った暴力を伝えている。薄い靄の向こうに見える女たちの表情は陶器のように冷たく、凍っているようだ。「お父さん、お母さん、愛してる」と腕に針でメッセージを彫った少女。危険を顧みず、銃撃された夫が眠るシンガルに留まる若き妻。カラシニコフを抱いて眠る少女。友人と同郷だからとダーシュの戦闘員に助けられた女性もいる。悪魔のように報じられるダーシュにも良心が存在するのだ。現場に立ったからこそ知り得た事実である。
願わくば、ヤズディ教についてもっと知りたかった。なぜ彼らが襲われなければならなかったのか。改宗しなければ殺すと脅されても守り通す祈りとはどういうものなのか。彼らは今、神に何を語りかけているのか。それを訊ねるには何十年もの時が必要だろうが。
『ルポ 難民追跡』は彼らの移動が同時進行で生き生きと描かれ、読みやすかった。ただアリさんがどういう人なのかが最後までよくわからなかった。アフガンのどんな家庭に生まれ育ったのか。イランでの暮らしはどうだったか。夫婦の出会いは? 膝を突き合わせて話を聞いて欲しかった。
<選評> 関野吉晴
ヤスディの祈り 林典子
まさしく山本美香を引き継ぐフォトジャーナリストだと思う。声なき人々、特に一人一人の女性の中に深く入り込み、男性ジャーナリストに対してだったら気を許したり、語らないようなことを聞き出し。尊厳を守りながら、記憶を引き出し、現在を描いている。
激しい戦闘場面や死者、負傷者のうごめく修羅場もない。しかし、ジャーナリストが見逃してしまうような人々を、中に入り込み、取材している。昨年の受賞者桜田武史氏の作品でも、女性が見えなかったが、林典子の写真、インタビューには女性が多く、女性ならではの仕事をしている。ダーシェの男たちはきちっと礼拝はするが、女性に対する暴力的な態度がよくあらわれている。また、異教徒に対する排他的な姿勢がよく描かれている。
ダーシェによって虐げられ、暴行を加えられた人々によるダーシェ評なので、欲を言えばダーシェの視点もほしかった。また、ヤズディの信仰がどういうものなのか、書いてほしかった。
ルポ難民追跡 坂口和彦
バルカンルートを行く難民たちのヨーロッパに向かう旅を同行取材。意欲的な試みだが、シリア難民は取材できず、イランに逃れていたアフガン人一家が希望をもって、ドイツに向かう様子を同行取材している。最初は一家と仲良くなり、同行取材できたが、途中で見失う。欧州での、刻々と変わる難民への対応はよくわかったが、著者の追った、アフガン一家の素性、何故ヨーロッパに向かったのかがよくわからなかった。
<選評> 野中章弘
林典子さんの不条理な暴力にさらされる人びととの向き合い方に心を打たれた。ニュース的な報告ではなく、林さんの意識は目視できる出来事の背景にある不可視の領域に向けられ、長い歴史を持つヤズディの人びとのささやかな営みへの共感を呼び起こす。「人間の物語」を描きたいという意図は十分に伝わってくる。写真と文字の組み合わせ方、構成も面白い。
私たちは目の前で起きている現実をただ見たいわけではない。シリアやイラクで起きている血生臭い暴力シーンは、現場にいる市民により撮影、記録され、リアルタイムでネットに配信されている。しかし、現実を突きつけられるだけでは、人びとはなかなかその解決に向けて動こうとはしない。欠けているのはその問題を私たちの世界の内部で起きている出来事として、「内面化」する力なのだと思う。その意味からも、林さんの作品は物事の表層からより根源的、核心的な部分へ私たちの意識を導いてくれる。幾つかのもの足りない点はあるものの、山本美香賞にふさわしい作品だと思う。
最終候補作に残った坂口裕彦さんの「ルポ 難民追跡」は、「難民や移民を「記号」としてとらえるのではなくて「生身の人間」として追いかけたい」という意図や意欲には共感できるものの、林さんの作品と比べると状況への踏み込み方が浅い。
次回はフロントライン(戦いの最前線)からのストレートで臨場感のある記事や報告も期待したい。
<選評> 吉田敏浩
『ヤズディの祈り』
イラク北西部で固有の信仰を守りつづけてきたヤズディの人びと。その少数派の宗教共同体がIS(「イスラム国」)武装勢力に攻撃され、人びとは故郷の村や町を追われた。さらに遠い異国へまでも離散することを強いられた。本書は、このヤズディ共同体(コミュニティー)を襲った大災厄の歴史の傷を、写真と聞き書きにより丹念に記録したものだ。
迫害の現場に残された人びとの靴やベルト、破壊された家、コミュニティーの拠り所だった山地の風景、命からがら持ち出された家族写真、生き延びた男女の姿とたたずまい、ヤズディ独特の宗教壁画など一連の写真と、受難者一人ひとりの胸底からの声を記した聞き書き。
それらは、ヤズディ共同体の苦難の年代記をかたちづくっている。そして、何者も奪いえないヤズディの「心の神殿」に、血涙をもって描かれ連なる「壁画」のイメージを喚起する。その心象上の「壁画」を前に、幾度か黙考をうながされた。
『ルポ 難民追跡』
ギリシャからドイツを目指して懸命に「バルカン・ルート」をたどるアフガニスタン難民の家族。かれらと行を共にしながら、ヨーロッパを揺るがす難民問題の核に迫ろうとした貴重な記録といえる。しかし、時間的な制約もあったのだろうが、難民家族の肖像とその背景を彫り深く描いて然るべき重要部分が欠けているなど残念な点があり、受賞には及ばない評価となった。次回作に期待したい。